障害を持つ子供を育てる親が思うこと。不安だけど大事なことは笑える環境を作ること。

こんにちは。管理人のPONです。

うちの子は脳性麻痺です。そのため、脚が不自由で1歳を過ぎても腰が安定せず、首もうまく支えられないため座れない状態でした。

身体がフニャフニャで、身体を支えられません。決して筋肉が無いとかって話ではなく、脳が筋肉を制御できないわけです。

あっ1歳半くらいで、少し座れるようにはなりました!!割座はマスターしました。

そして網膜剥離をして生まれてきたため、右眼の視力はほぼ無いみたいです。

視力は言葉や物の分別が少しできるようになる小学生入学くらいじゃないと測れないので、見えないだろうというのは今のところはお医者さんの推測です。

一応光は感じ取っているので、盲目って訳ではないようです。

そんな我が家の子供ですが中々に人生ハードモードだなーと思います。

そんな我が子を育てていて思うところを書いてみようかと思います。

書くきっかけは、同じくらいの背格好の母子が手を繋いで楽しそうに歩いているのを見て、ちょっと心に刺さるものがあるなと思ったからです。

障害のある子供ということを受け入れること

子育てをしていて、普通というものが何なのかはよくわかりませんが、絶対多数の人が経験すること、普通である幸せってのは少なからずある訳で。。。

子供が立てるようになって、親と手を繋いで楽しそうに歩いてということは、やっぱり絶対多数が経験することであって、微笑ましくも普通な光景なわけです。

そんな微笑ましくも普通のことがうちの子は無い。。。

というかこの得られることの時期が他の子と比べると圧倒的に遅い。

このまま順調にリハビリをしていけばたぶん歩けるようにはなりそうな雰囲気はあるものの、同じ背格好・同じ年齢くらいの子とは違う成長曲線で、当然ながらその背格好、その年齢だから得られる幸せも楽しみも当然あります。

小さい子がよちよち歩くから可愛いとかありますよね。180センチ80キロのおじさんがよちよち歩きをしても、やっぱり少し違いますよね。。。

という訳で普通であることの幸せってのは得られないんですよね。

脳性麻痺という病気は普通の健常な子と違い、教えなくても自然に覚えるはずの座ることや立つこと、歩くことが出来ないというのはキツイなと。

何がキツイって出来た喜びより、やっと出来たという安堵というか、プラスな感情より、マイナスだったものがゼロになると言えば良いのか、やっと他の子に追いついたという気持ちも同時に芽生えたりします。。。

当然、何かが出来るようになったりすると嬉しいですし、幸せだと感じますが、普通と違うタイミングなので、別の感情や余計な情報で素直に受け止めきれないといえば良いですかね。。。

また、出来ないからといって放っておく訳にもいかないので、リハビリ(作業療法、理学療法、言語療法等)をして、正しい身体の動かし方等を覚えさせるという地道な努力が必要です。

このリハビリも出来ない動き(脳がうまく処理出来ない動き)を教えるわけで、中々うまくはいかない。

リハビリをしてくれる理学療法士の先生に言われて納得した言葉が、

「健常な人が出来る動きを、この子はそのまま出来る訳じゃない。だから脳性麻痺という病名がつけられているんです。健常な人ができる動きをさせるのではなく、この子が動きやすいように、出来るだけ身体にも心にも負担がないように動かせるようにしていきましょう。」

あーなるほどねーと思いました。そりゃそうだと思いました。

そもそもすぐに教えた動きや普通の人がする動きをうまく出来るなら病気じゃないわなと。

障害者手帳貰ってるし。普通じゃない障害持っていますって自治体の福祉課からお墨付き頂いてましたわ。

という訳で時にリハビリ中に「あぁー普通じゃないんだよなー」と心にダメージを負わせます。

幸い我が家のママ(私の嫁)とパパ(私)は少なからず我が家の障害を受け入れてかなり愛情を注いで育てています。結構割り切って受け止めている方だと思います。

ママは諦められない気持ちも半分くらいあるみたいですけど。

性格的なこともありますが、こうゆう不足の事態にはやはり感受性や母性本能の問題でママの方がパパよりもキツイんだなと思います。

パパとしては、子供の成長もそうですが、ママの情緒とかのほうが心配です。

リハビリ施設に行って話を聞くと、ママが子供の障害を受け止められなくて一人でリハビリに来ているパパがいたり、シングルマザーの人とかもいたりと、両親で障害のある子どもと受け止めきれるかは別として、しっかりと向き合えるというのはいいことなのかなと。

子供の障害との向き合い方

自分に言い聞かせるという意味にもなるかもしれませんが、岐阜県の福祉のホームページに書いて有ることが現実でやはり受け止めるべきことだと思っています。

”脳性麻痺は決して正常化することはない。大人になったときに正常になっている脳性麻痺児はいない。”

岐阜県 脳性麻痺の療育
<http://www.pref.gifu.lg.jp/kodomo/shogaisha/sodan-madoguchi/22315/ikyoku/ikyoku-noseimahi3.html>

すごいドストレートに書いてありますが、私としてはこの言葉が一番真理な気がします。

どんな綺麗事だったり、優しい言葉をかけられても我が子の脳性麻痺が完治することはない、だったら如何にこの子が将来、自分の力で生き抜いていける方法を一緒に考えてあげる必要があるのかなと。

そして、語弊があるかもしれないけれど、パパにもママにも自分の人生がある訳で、子供のために全てを犠牲にするわけにはいかない。

幸いにして我が子は成長が遅いだけで、寝たきりや全くコミュニケーションが取れないという程の障害ではないです。

なので、ママもパパも自分の人生全てを犠牲にして育てることは、我が子のためにもならないような気がします。

たぶんママもパパも心の底から楽しみながら地道に毎日なんて療育をできない性格だと思うので。。。

我が子は結構空気を読めるというか、人の顔色やその場の雰囲気を察することが長けているような傾向があるので、人生を楽しんでいないママとパパを見て育つと楽しくない人間に育ってしまいそうなのも怖いですね。

多少の私の願望も入っていますが、何よりも重要なのは、障害を負っていることでのマイナス面を普通に近づけるという標準化ではなく、自分の持っているプラス面をより発揮できるようになってくれることだと思います。

今、我が子は保育園に通っていて、先生や友達から褒められることは良いことをした時、怒られる(注意を受ける)ことは悪いこと、というある程度の相互コミュケーションが取れていて、とても喜怒哀楽をはっきりと出したり、知的好奇心が旺盛で何かをしようという意欲がとてもあるので、何か手伝ってあげようという気にするのがうまいらしく、色々なおもちゃを取ってきてもらったり、何かと気にかけてくれる友達がいるので割りと人気者なんだと思います。

親のエゴや贔屓目かもしれませんが、そんな保育園での様子があるので、身体は少し不自由かもしれないけど、他の人を動かす力は他の子供よりあるんじゃないかと思うので、その力は伸ばしていってほしいです。

自分が全くやらないというのは、いけないことだけれど、自分ができないことを人にしてもらう(してもらえる)というのはとても良いことだと思います。

大人になっても頼むのが下手な人もいますし。。。そんな人に限って、なんで誰も助けてくれないのということを言いますからねー

話は脱線してしまったのですが、リハビリ漬けの生活よりも保育園で楽しんで集団生活での社会性を多少たりとも学んだり、休日に両親と色々な所に行って色々な体験をして知的好奇心を伸ばすことのほうが重要だと思います。

1歳半の子供の障害について今思うこと

1歳半の今、我が子の障害について思うことは、とにかくポジティブに考えられる子に育ってほしい。

今の成長過程を見ると、我々夫婦の子育て方針に大きな支障はないと思う。

我が子は喜怒哀楽がはっきりとしていて、嫌なものは嫌、好きなものは好きとわかりやすく表現できる。自分で何でもやりたがる。新しいものが大好きな現状です

今後も色々な体験をさせて、たくさん喜ばせて、我が子が笑える環境を作り続けていきたいと思います。

親の不安を子供に伝染させるのだけは、避けたいですね。

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