妻の栄養は共感。ひとりじゃないから~

我々男性には理解が出来ないが、妻という生き物は、共感というものを栄養として使い生きているらしい。

ちなみに男は解決を栄養として生きている。

この生きる上での栄養の違いが妻と夫の理解し合えない原因である。

妻は余計なお世話が嬉しい

夫側目線からすると、「いい大人なんだから自分でしろよ。」「いい大人何だから自分で出来るはず。」ということを妻は求めてる。

つまり夫の立場から物事を捉えると、妻とは余計なお世話を受けたいらしい。

食器洗い

例えば、食器洗いをしている時に食器を拭こうと手伝いに来る。

このシチュエーション、食器洗いをしているのが妻の場合だと嬉しいらしい。

逆に食器洗いをしているのが夫の場合、余計なことしないで、他の家事してくれないかなと思う。

つまり妻とは余計なお世話を受けたいらしい

子どもの寝かし付け

子どもの寝かし付けをしている時に、子どもが寝れずにグズってギャン泣きをすることがある。

この場合、妻が寝かし付けをしているシチュエーションだと「なぜ、旦那は手伝いに来ないんだ。」「子ども寝ないねぇ。大変だねえ。」と一緒に今の状況を共感して欲しいとなる。

逆に旦那が寝かし付けをしているシチュエーションだと「なぜ、わざわざ来て寝ないねぇ。大変だねえ。どうしよう。と小言を言っているんだ。小言を言うなら来るんじゃねえ。うるせえ黙れ。」となります。

分かっている事実を繰り返し言葉に、することを妻は喜ぶが、夫は「そんなことは分かっている。うるせえ」となる。

妻は余計なお世話と、分かっている事実を言葉にして噛み締めたいらしい。

大変なのを分かって欲しい

妻というのは、大変らしい。

家事をして育児をして、色々悩みながら生きている。

家事や育児では小言がいっぱい。

そんな時夫は「うるせえな。なら俺がやるよ」となる。

しかし、妻は大変なのを分かって欲しい。少し手伝って欲しいだけである。

大変なことを全て夫に任せるのは、違うらしい。

そうすると「私は必要ないんじゃないか。」と自分の居場所や存在意義を見失いさらに面倒なことになる。

つまり、ただの構ってちゃんである。

まとめ

妻とは子どもと一緒である。

ただの構ってちゃんなので、自立とは程遠い生き物である。

この自立とは能力的な話ではなく、精神的な話である。

夫は「出来ることは、自分でやれば」と思うが妻は「出来ることは、皆でしたい」のである。

「私だけが」がキーポイントになる。

「私だけが今、家事をしている。旦那が休んでいる。納得出来ない。」

「夫が今家事をしている。私だけが休んでいる。手伝わなきゃ。」

とにかくポジティブだろうとネガティブだろうと、自分が大変だろうと、楽をしていようと「自分だけ」がその状態なのが嫌である。

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